壇ノ浦の戦い後、平家の武将「平時忠」は能登の珠洲に流され、この地に移り時国家の祖、平時国が生まれたとされています。
市街地から東へ車で30分、町野町にある「本家・上時国家」「能登安徳合祀時国家」は、源平・壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門のうち、「平家にあらずんば人にあらず」で知られる武将・平大納言時忠の末裔と呼ばれる時国家の豪壮な邸宅です。両家とも約800年の歴史を受け継ぎ、現在に至っています。